Olympus CAMEDIA C-40z




塩船観音寺


塩船観音寺・・・東京都青梅市。久々に来た。ここは東京来るたびに寄ることにした。すごくいいとこだから。
塩船観音 護摩堂

4月中旬から5月中旬までつつじまつりがある
それ以外の季節はあまり人は多くない

三宝荒神様の御札とか売ってるのが珍しい






裏参道 東京都 西東京 塩船観音寺 裏道
裏道に行ってみた。

隣にゴルフ場があって、にぎやか。

裏山にもお花畑があった。

塩船観音の門の前にある「もとはし」というそば屋で喰った。バスの時間はいつもルーズなので、帰りのバスの時間には神経質になるだけ損。駅までなら「病院前」から乗れば二種類のバスが走るので1時間計4本になる。 塩船観音の2kmぐらい北には「岩蔵温泉」がある。







今回は100円だして本堂(観音堂)の中に入った。
本堂の中には2時間もいた。今日のことは忘れない。
観音経の読み下し文があってやっと尊い意味を理解した。
日本人のマグロ好きがマグロの大量消費になってるけど
マグロも慈しんで食べるべきで、霊性も慈しんで受け取るべき。
あれくらい優れた本堂の中でしか本当の読経はできないのかも。
そういう淡い経験は忘れたくない。
2時間もいても、ずっとすごい霊性が流れて来ていた。



この日はそのあと神道の先生のところへ行った。
供養をするとき、あの世があると想定しないとだめらしかった。
あと御魂さんが特定できてないと効き目がこない。
6月に旅したタイのアユタヤの遺跡が気になっていたのだけど
破壊された遺跡を供養するには一生をかけないと無理らしかった。
建物を直さなければならない。





高幡不動




高幡不動尊。のうまくさまんだばさらだんせんだまかろしゃだそわたやうんたらたかんまん
9月下旬
この日はちょうどお彼岸の供養祭があって、30分おきに法要があった。
間近で不動尊を拝めた。管長さんの説話とか聞けた。
前の日にNHKで不動尊を造る番組をやってた。
接木で造るの大変だとかそういう話だった。



「恩を知るは大悲の本なり、善業を開く初門なり、
恩をしらざるものは畜生より甚だし。」(龍樹菩薩)
信者の方の体験談も面白かった。







開運そば 芋虫   忘れたらいけない。東京にいた頃の、尊い想い出。
「開運そば」にて納豆入ったうどん。ウマかった 聖跡へ向かい、いろは坂歩いていると芋虫がいた







センターシティーinn立川の朝食 〔トーストとコーヒー セルフ〕。東京に来るときはいつもこのカプセルホテル利用してる。2800円ほど。人工温泉がなかなか泉質が本格的。
2005年あたり、立川にラーメンスクエアが出来た。今回は「我聞」で食べた。河相我聞のラーメン店。カリスマ美容師みたいなラーメン店が並ぶ。今風。でも意外とおいしい。野猿街道とかにある「天下一品」がやっぱうまいけどね。
昨日のテレビ番組の話、屋久島の左の東シナ海に戦艦大和は沈んでいたようだ。夜番では青木さやかがすごい記憶力がよかった。96年のオリコンチャートを10分で何位まで答えられるかの勝負で、50位ぐらいまで答えた。ストーリーで覚えていた。すごいおもしろい頭の中してた。







立川諏訪神社


立川諏訪神社

最近火事で建て替えられたらしく、新しい
ガラス張りの外装とか、ほんと綺麗で今風
楽天で売ってる箱宮とか連想する
ヤフオクでもたまにすごいのが出てるけど






この日はちょうどバザーがやってた。デジカメの懐かしいモデルの中古がたくさん出品されてて、CanonのG1とか買っちゃった。本体のみで1000円。手にしたの5年ぶりだよ(当時4マソ)。あとcasioのQV-3500EXとOLYMPUSのC-2040zとMINOLTAのDiMAGE Xiと…なんか感謝したくなった。特にDiMAGE Xiなんて、すごい名機だったじゃん。ミノルタらしい外観も活きてるし。みんなその値段でも買わないなんて…

この日はちょうど祭りで、夕方再びきたら獅子舞やってた。かっこよかった。立川の諏訪神社は相撲とか弓とかの練習場があって実際練習してるし、武芸が活きている感じだった。都会にもこんな格式保たれてるスポットがあるのだな。












 



阿夫利神社



MITSUBISHI i がかっこいい 数えコマ
帰りに阿夫利(あふり)神社に寄った。宿泊したみやこ旅館(小田原)のおばさんが荷物を預かってくれたおかげで、山頂まで登る事ができた。すごいありがたかった。

小田原駅周辺は、みやこ旅館で教えてもらった「さくら」という酒屋の定食がうまかった。鯵がうまかった。愛知ではとれない味。でも熱が冷めたように、あとのほうになると初めの旨さは減ってた。活け作りもそうかな。生命とはそれほどに繊細。
数え駒。これは27
ケーブルカーの入り口には根之元神社がある。御祭神:磐拆神(イワサクノカミ)、根拆神(ネサクノカミ)、石筒之男神(イワツツノオノカミ)。 「古事記によると、伊邪那美命が、火之迦具土神(ヒノカグツチノカミ)の災難により、この世を去られた時、その夫、伊邪那岐命は、火之迦具土神をお切りになりました。その御佩刀(ミハカセ)の先より生まれられた、当神社に祭られる三神です。悪縁・邪念を断ち切る。開運・病魔退散のご神徳あらたかと、広く崇敬されております。」 坂元町鎮守社世話人





地図見ると、
阿夫利神社下社までのルートに、男坂と女坂が左右にあって、
ケーブルカーはもちろん下社まで直線で真ん中を通っている。
イダーとピンガラとスシュムナーみたい

とりあえず女坂を登った




女坂
なんか郷愁感・・・


お銀とこ銀の物語

母親がいないことを不憫に思った人に
二人の娘のためにと結婚を勧められ、父親は結婚をした
しかし案の定その母親に陰でいびられる毎日
父親が出稼ぎに出向く間、(略



女坂の七不思議 その一 弘法の水
「弘法の加持霊水」ともいい、弘法大師が岩に杖を突いたら、その跡から清水がこんこんと湧き出たという。夏でも枯れることがなく、いつでも水の量が変わらないという。 大川観光青年専業者研究会
このエピソードは知立市にもある







大山不動


大山寺
女坂にある雨降山 大山寺
左右に不動明王の眷属がずらーっと並んでる
一番上に、こんがら童子とせいたか童子

壮観だった

ここでは龍の絵馬を書いた
幼い頃にみた龍がまた見たくなった











阿夫利神社
ここでそば食べた。僕がサンダルで登ってるので、「うちにちょうどいい登山靴があればよかったけど・・・」 と親切な人だった。でもサンダルが好きだからこれでよいのです。


つひに阿夫利神社(下社)まで来ました。
お祈り目的の人はここでゴール
モノレールは往復850円、片道450円。それを歩いた甲斐あって銅版を奉納できた。雨降山といわれるように雨と霧が多く、修復が必要になる箇所が多いらしい。
奉納でもらえる粗品がなかなかよかった。かながわ風土記の第350号なんていうマニアックな冊子をもらえた。定価800円。あと阿夫利ふりかけ。銅版にはペンで願もかけれるし、粗品なんて意表をつかれたものだし、すごい得した気分になる。

ここでうまい水汲める。ほんとあまくてうまかった。荷物預かってくれた宿のおばさんへのお土産は米にした。この奥にはお神酒が置いてあった。それもうまかった。すごいサービス。









大山阿夫利神社
大山祗神(オオヤマツミノカミ)
高オカミノ神(タカオカミノカミ)
大雷神(オオイカツチノカミ)

祝詞を唱え口を動かすそのときには目に見えない粒子もやわく動いている。
祝詞の奏上の音の振動で目に見えない粒子も振動している。
よい祝詞を唱えればよい影響がゆきわたる。







下社を見て帰るつもりだったけど、そば屋の愛嬌のあるおばさんも僕があたかも登るつもりであるかのごとく「2時間ぐらいあれば帰ってこれるわよ」というし、実は僕は神社本殿で時間を長々と費やすのがメインになるのだがここまで来たのならと(ry

地面は、舗装されてませんでした。サンダルの底が浅い…というか、薄いからイタい。あのおばさんはそれを予感してらしたのかしら。霊山といふだけある。僕のREGALのサンダルのいいやつ(5年履いた)はチェンマイの犬に食われて、新しくルアンパバーンで買った。穴の空きそうなビーチサンダル。










途中、富士山が見える
木花之佐久夜毘売命、浅間大神の富士山

ほかの山と比較してみるところ、やっと半分ぐらいの地点か
富士山は日帰りじゃ帰ってこれないだろう
これに重〜い荷物が加わる
サンダルなんかではとても無理だね




屋久杉とは違う、見慣れた針葉樹の風景
あの島だけは、ちょっと異世界だったんだな
でもいつもながらの清々しさが懐かしい



到着したのです
縄文杉より高度はないけど
ずっと昇り坂なので、しんどかった



忘れても悪き事すな阿夫利山
尾の上の神のみそなはすらむ

標高1251.7m
携帯が一瞬繋がったので
記念カキコした

わりとぐったり



こんなところで経営してる…
どうやって材料とか運んでるんだろう
無愛想で頑固そうなおじさんだからとはいえ
ヘリが止まれる場所なんてなかったし
左の画像のロケットで飛ばすわけでもないだろうし。
今は山も携帯がつながるので
何か新しい装置で送信してるのかな・・・




龍の雲
龍頭観音は雲の中に居る龍に乗る

大山不動で龍がまた見たいと思っていたから、見れたのか
よくよく考えてみると不思議






また降りるわけです











青雲の上に秀立つ阿夫利山
仰ぎても知れ神の御稜威を






下社の門 帰りは颯爽と飛んでこれました
 




.∩.
なぜ山を貴ぶのか
それは山の幸があるから
神道において貴ばれる理由は
その山から山の御稜威を得ているから

大山は多くの神社のカミ(上)にもなっている
カミのまたカミは太陽の象徴でもある天照大神
複雑な過程を経て幸は上から下へと流れてきている
境内にて山や海や稲に恩恵を受ける眷属神からさらに
その御稜威をいただく我々はその山や海や稲に感謝をする
その仕組みから脱すれば、単純に何もないという境地であるが
御稜威はあるのだから感謝して頂いておきましょう
感謝が嫌なら奪うのだろうが、奪ったものは禍津日に変容する
体力を失い、また奪い、安心を得ようとする
禍津日は膨らんでゆき、やがて負いきれず人に転嫁するようになる
次に続く結果はなんであろうか
人が運命などという言葉で片す現象の多くは超自然的なものではなく
あまたいる御霊によるはっきりとした行いである場合も多いと思う

大地から採掘したニッケルやマンガンが電池になるように
神道では自然の恩恵から独特の神気を産み出している
仏教では人間の中から産出される慈悲も多く入っている
自然環境が破壊されていくとスクエアばかりになり
次第に複雑で清いオーラは得られなくなっていく
山や海から幸を運んでくる神様仏様が
どこかに消えてしまう







戻ってまいりました








帰りは男坂から降りる


なにやら道場があった 「とうふ料理・そば各種・ししなべ・しかなべ
 お食事は 滝の店で」

現地の旅館の豆腐料理

小さくて清楚な滝が流れてました
次来たら、昼時に男坂を通ろう





水のきれいな場所では豆腐がうまい。八王子のとうふやうかいのざるどうふなんて、もうそれはそれはまったりと濃厚で、やみつきになる。日本庭に売店があって買うことが出来るが、持ち帰ってもすぐ味が薄くなった。繊細な味わいほど消えやすい。想い出もよく追懐しておかないとなぁ。






華の湯



小田原に着いたのは6時過ぎになってしまい、
伊豆長岡には何時になってしまうか心配になってた。




 



華の湯。ここはいろんな風呂があるのだけど、薬草風呂がなくなっていた。去年通った時は工事中だった。薬草風呂がすごいなつかしかった。初めての一人旅で入ったのがあの風呂だから、印象が深かった。あの濃いどろどろした感じ、ちょうど千と千尋の時期だった。縁だったのかな。湯ばあばの経営する油屋の風呂。今は先進の機械による活性水素風呂になっていた。衛生面がよいらしい。維持できなくなってしまったんかな。神社仏閣における霊性の維持と同じく大変なんだ。以前は露天だったけど屋根がついた。笹のサウナみたいなのが増設されていた。それは機械的にゼロ磁場エネルギーみたいなものを生み出しているようだ。都会化は進む。かえるも減ってた。ここで「出る時に温泉を水で流さない方が効き目がいいよ」とかえるに教えてもらったのだったのに。よく覚えてる。






三嶋

三嶋グランドホテル
次の日、三嶋大社に寄る。MOSが食いたくなって今回はMOS食った。次はあのスパゲティの店に入ろう。なんか惹かれる。

三嶋の街はふつうの街だけど、三嶋の空気はすごい綺麗だった。三嶋大社の神気がとてもよくゆきわたってる。







米之宮浅間神社



富士駅より徒歩20分ほど








ここが米粒がご神体である米之宮浅間神社








弁天島


WB:AUTOWB:晴れ

浜松の弁天島





〔弁天島と天女〕
昔、弁天島のこの辺りは砂洲が新居の橋本辺りまで続き、白砂青松「天の橋立」のような風景が広がっていました。そんな弁天島の美しさに誘われてか、ある日天女が舞い降りました。村人は大変喜び、社を建てるからここに留まってほしいとお願いしました。ところがどういうわけか、天女は駿河の三保の松原へ立ち去って行きました。
それから長い年月がたち、この辺り一帯は大きな災害にみまわれ、洲崎の一部であった弁天は湖にとり残されて島となりました。その後、舞阪と新居の間は渡船で行き来するようになりましたが、江戸時代の宝永六年(1709年)今切渡海安全のため、この島に辨天神社が建てられました。人々は天女伝説のこともあり、この神社を大切にお守りしてきました。御祭神は「市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)」といい、海上・交通・家内安全、商売繁盛など諸願成就の神として多くの人々に信仰されています。

辨天神社の立て札に書いてあったもの。このエピソード、どこか面白いところがあるのだけど。わかるかな。それはこの神社に市杵島姫命は降りているとは、断言なされていないところ。「ところがどういうわけか、天女は駿河の三保の松原へ立ち去って行きました。」 ところがどういうわけかなのなのです。松原のほうに行ってしまわれたので、こちら浜松にもまた来てくださいと社を建てられている。なんという守門者的な自由さ加減。しかも写真の赤い鳥居は「弁天島シンボルタワー」というらしい。タワーゎないでしょうタワーゎ。。でも辨天神社は小さな社だけど、感応するものはあったよ。こんな面白い街にこれて感謝。
関係ないけど神様は綺麗な想いや楽しいことに反応してくる。修学旅行の子どもが楽しかったといって帰って来ると親は喜ぶように、神様も生きていて楽しいことを喜ぶ。愚痴はよくない。







潮干狩りの浜松
昔来た記憶があるなぁ
お土産に昆布飴買って帰った






Diary
縄文杉はヤバい