霊性は数値で表される。数値の低いものに1000ぐらい分けて浄霊するのか、と聞いたら、霊性は増えるとかなくなるというものではないらしい。エネルギーではなく質の問題だから。うまく言えないけれどあげるわけではなく照らすみたいなやり方らしい。 先生はアストラル(普通の人レベル)を低いというけど、悪くないけど宗教をやっていてアストラルではやばいらしい。宗教に問題があるか心に問題があるようだ。普通は努力次第でどんどんあがっていく。 一回目に参詣すると作用が大きい理由を聞いた。視覚的なものに左右されてないかとか初めてのものは物珍しくて脳が覚醒しているんじゃないかとか、疑っていた気がするけど、感覚的なものをあまり追い求めないほうがいいといわれた。超能力などを求めているとその手の霊に乗せられる。自分の霊性と一致したときに乗っ取られるから危険。また直観は感覚的なものではない。直観はブッディ(悟性のレベル)まで行かないと正確にはわからないもののよう。やはりほとんどの人間はメルヘンの思い上がりか。よく真理とか直観とか簡単に口にするけど本質的にはそんな浅はかな態度で覚り得られるものではないな。想像で語ってるやつばかりだ。でも一回目の作用のみ強い理由は結局わからなかった。自分でわかるまでに至るしかないか。あぁ努力は嫌いだ。 写真展の話もしたけど先生は写真は投稿したことないらしい。そんな写真はまだ撮れないみたいだ。インドにいったら、ポラロイドカメラがあれば写真あげられるからいいみたい。持って行こうかな。ボールペンなども持って行って、お世話になった人にあげると喜ぶみたい。 また、ネットで変なサイトに見入ってしまうとその霊性に落とされる。自分は見入るというよりむしろむかつくほうが多いのだけど、むかついている、ということもそれと同次元に霊性が落ちているとのことだった。客観的に見れないといけない。それができるようになれば自分は汚れない。目にもろもろの穢れを見て心にもろもろの穢れを見ず。そういえばルソーのエミール注釈に「子どもの状態を抜け出したばかりの者ほど、子どもを軽蔑の念をもって見る者はいない。それはちょうど、身分のちがいがそれほど大きくないので、下級のものと混同されることをみんながたえず心配している国ほど、身分制度がしかつめらしくまもられている国はないのと同じだ。」とあったな。 |