夜明けの桜島 am 05:49 |
この日は霧島へ バスの中で既にぽかぽか神の気に満ちていた 浅間大社の富士宮とか三嶋の街でもそうだった バスからの街並みは、古きよき日本の街という感じ |
瓊瓊杵尊ニニギノミコトが天降りした高千穂は、もとより説話的なものだが、むかしからいろいろととりざたされてきた。奈良時代は美々津川の上流、知舗郷とされ、その近くにそびえる祖母岳や九住山が、高千穂と想定された。いまは霧島山を高千穂とする説が有力である。しかし、これは、時代がずっとさがってからのことである。 この霧島高千穂は、鹿児島県と宮崎県の境にある霧島火山群の高千穂の峰のことである。宮崎県臼杵の高千穂と、霧島高千穂は、明治以来対立し、はげしく争っている。それ以前から、この二つは争っていたが、本居宣長は、天孫はまず霧島に天降りし、のち臼杵に移ったという折衷説を発表している。(カラーブックス『神話のふるさと』 加藤蕙著) |
〔九州大陸と天孫降臨〕 火山灰時計により、種子島では3万年前に人間の営みがあったことが確認される。宮崎県川南町でも、3万年前の石器が出土したようだ。古事記でも日本書紀でも、葦原中国(顕界)にはいつの間にか人間がいてる。素盞嗚尊(スサノオノミコト)はヤマタノオロチを倒し櫛稲田姫(クシイナダヒメ)と結婚した。素盞嗚尊が倒したヤマタノオロチを大陸の恐竜の生き残り霊だとすると、結婚した相手も人間ではない霊かもしれないが。また人の霊としても、6400年前のアカホヤの噴火で全滅した縄文文化以後の人類なのか、以前の人類なのか。次に大国主神が進めつつあった九州という国がある。天孫降臨は何年前になるのだろう。 旧石器時代は狩猟の時代。骨格はしっかりしていて、太古の世界の食の厳しさが伺える。縄文以前は国家ではなくかといって神性を帯びていないわけでもなく、古事記に記されていないわけでもない時代。大国主神が国造りを進める葦原中国にはまだまだ荒々しい神々もいて、もめごとがたえなかったらしい。やがて瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が天照大神に授かった稲がひとびとの食物になり、日本人の性質は温和になってきた。食のみならず、争いの生じにくい孤島の特性から、神道は純粋な儀式のアニミズムに於いて主観的にあれた。 稲作は日本においては、縄文時代中期から行われ始めた。稲穂は瓊瓊杵尊が出発する際に天照大御神さまに渡された。八咫鏡と草薙の剣と八尺瓊勾玉と、高天原の稲をもって猿田彦神の先導で天降られた。ということで、天孫降臨はそれより以前ということになる。 稲作技術は中国から台湾、琉球を経て九州南部に伝わり、その後九州北部、中国・四国へと伝わったという説がある。ウィキペディアによると「弥生時代早期に北部九州に現れた水田は、弥生時代前期中葉には東北へと伝播し、青森県南津軽郡田舎館村垂柳遺跡などからも見つかっている。水稲農耕は、かなりな速さで日本列島を縦断し伝播波及したといえる。」とのこと。また朝鮮半島南部から北部九州へと伝わってきたという説では、天孫は朝鮮の人という見方もされる。しかし日本列島自体は伊邪那岐命(イザナギノミコト)・伊邪那美命(イザナミノミコト)により天瓊を以て滄海を探られ隆起したもの(ポピュラス)なので、国産みの方向性からは食い違う。そう言わせられている気もする。そこを折衷するなら、大陸起源の神霊が稲に憑いてきて、献呈された当時の領袖の子に宿ったという解釈など考えられる。でもこれは良質で新しい稲穂や技術が舟で運ばれてきた場合の話で、稲穂自体は縄文時代中期以前から日本列島に原始的に生えていたろう。弥生時代に全国に波及したのは大陸の稲とが混交したものだろうけど、稲作の普及時期と稲の発祥時期とはまた別の話になる。結句、神武天皇以前はいにしえの世界。何万年前の話になるかわからない。 伊邪那岐の禊で誕生した天照大神・月讀(ツクヨミ)・素盞嗚尊の三貴神ほか、いにしえのうちに森羅万象を管轄する神がつぎつぎと産まれていた。稲作技術はそれら天津神(アマツカミ)らの道しるべにより、舟に乗って海をいざなわれてきた。世界は協力しあっていると素直に考える。(伊邪那岐・伊邪那美以前は抽象的な神で、地球全体に敷衍する神といえる。たとえば天之御中主神は高御産巣日神と神産巣日神の中間に位置するので、原子の核力をとりもつ中間子、あるいは超ひも理論でいう「ひも」の役割としても覩ることができる。禊の行法を体系化した川面凡児は、これら天津神について、尋常ならざる洞見をもって書かれているようだ。) ちなみに卑弥呼は日本の弥生時代後期における倭国の女王なので、天照大神とイコールではない。性質的にも生気を呼び覚ます''光''そのもの、ヨーガでいうシャクティーとかになるので、まるで存在概念が違う。ウルトラの母ならわかる。また、○×起源とかいうのは人間の視点だな。大陸から"来た"自分は大陸人とか思ってるわけだから。舟に乗ってきたリアルタイムの大陸人からしてみれば"発見した"住みやすい土地で、そのように人類満遍なく引っ越しが行われているわけで。瑞穂の国を神ノ国と"した"のは神の視点。客観性がそこまで及べばよいのだけど。 また新潮CD「司馬遼太郎が語る」第三集で語られていたけれど、モンゴルに行くと日本人は昔ここに住んでいたんじゃないかなぁと感じるらしい。中国とか韓国には感じないけど、モンゴルにはそれを感じる。DNAの研究の発達によって、われわれの何万年前の先祖は、バイカル湖周辺に住んでいたのではないか、という説もある。草原の地平に心やすまるのも瑞穂の国のレミニセンスに平行してのものかもしれない。横綱もモンゴルから来ているし、民族のアイデンティティとか伝統を共有する素地があるような気もする。 物語は鹿児島や宮崎から始まる。たしかに朝鮮半島は九州に近い。川面凡児が神聖文字で記した「天御中主太神」の神璽は、ハングルそのものに見える。しかし人間や権利を取り合おうとする団体が、神につながっているとも思えない。それは本当に神なのだろうか。神を取り違えてはいないだろうか。ある子供を巡って二人の親が出てきてその子は私の子だわよ!!とケンカをしている。見かねた閻魔様は、両者子供の左右の手をひっぱり、手に入れたほうの子だと言った。つなひきが始まった。子供が泣きわめくのを見て本当の親の方は離した。手を放さずに手に入れた親も本当の親と思い込んでいたのだが、閻魔様の下す結果は昔話のとおり。 また王仁三郎は鬼門(うしとら)大金神こそ大地の祖神である国常立神にほかならないと主張したけど、これの復活が嫌韓・嫌中の人の感情にかかわりあるのだろうか?(第二の天岩戸開き)。韓国の列島は北と南に象徴されるけど、そこに天御中のマグマがきていて神と悪魔がはっきり分かれて混在し、神ノ国の両手を引っ張り離しあっているんだろうか。感情が混在する。 |
SUZUKI SX4 casioのG'z oneみたいなかっこよさ |
鹿児島の路線バス |